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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6514号 判決

主文

被告は原告に対し金五十万二千九百五十円及びこれに対する昭和三十一年九月五日からその支払の済むまで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告が東京都大田区大森二丁目百二十三番地の宅地に住家を有する田島喜一、同ハナの長女で昭和十五年三月二十二日出生し、同三十年三月大森第八中学校を卒業后洋裁を習うかたわら近所のセレナ着色所に勤務していたこと、被告が右宅地の一部に原告家の住家と隣接して住家と工場を所有していること及び被告が昭和三十一年六月二十九日午後九時頃被告所有の右工場内で原告(昭和十五年三月生)と肉体関係を結んだことは当事者間に争がない。(被告本人尋問及び検証の各結果を総合して、本文の肉体関係が結ばれた当時工場内は隣にある被告の住家の電燈の光を受けて薄明るかつたものと認められる。)

原告は、右は被告において原告を強姦したものであると主張するからその当否について判断する。

証人田島ハナ(第一回)、宮内砂光、大藪縁郎、安田勲の各証言、原被告各本人尋問の結果(但し、被告本人尋問の結果は后記の信用できない部分を除く)及び成立に争のない甲第二号証、証人五味文郎の証言により真正に成立したことが認められる甲第三号証右田島の第二回の証言により前記肉体関係を生じた当時原告が着用した衣類であることが明かな検甲第一ないし第三号証と検証の結果とを総合すると、原告は前記肉体関係を生じた当時は十六才三カ月の少女で未だ性的知識経験のない少女であつたこと、原告方と被告方とは隣接しており、原告はときどき被告方を訪れて被告の子供らと遊びたわむれ、被告とは親しい間柄であつたこと、原告は昭和三十一年六月二十九日夜八時頃両親及び弟正夫とともに隣家のそばや福来軒こと宮内砂光方にテレビを見に行き、両親は九時頃先に帰宅し、原告は弟とともに五分程遅れて帰途につき自宅庭入口の木戸附近にさしかゝつたがその時前記工場の入口附近にいた被告は弟の後につゞいて庭に入ろうとしていた原告を呼び止め何気なく近寄つて来た原告の手を握つて無理矢理に工場内に連れ込み、入口の硝子戸をとざし、工場内の奥においてあつた椅子の上に自ら坐りその膝の上に原告を乗せて姦淫したこと、原告は、平生親しい間柄であつた被告が原告を突然薄暗い工場内に連れ込んで右のような行動に出たので驚愕と恐怖のあまり前後の弁を失し逃げることも声を立てることもできないような状態に陥り遂に被告の意のままに姦淫され、そして、膣入口処女膜の八時と五時の部位に七ミリと三ミリの裂傷を負つたことが認められ、証人佐藤政敏、大橋まさの各証言及び被告本人尋問の結果のうち、この認定に反する部分はたやすく信用し難く、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。してみると、被告は原告を強姦したものとするほかはないから、被告は右強姦により原告の被つた精神的及び物質的損害を賠償する不法行為上の義務を免れ得ないものといわなければならない。

よつて進んでその損害の額について検討する。

(一)  精神的損害の額すなわち慰藉料について、

思うに、未だ情事の意味を正解しない少女を姦淫することが当該少女の貞操に対する重大な侵害であること及び少女の将来における婚姻について重大な障害を生ぜしめるものであることは論を待たないところであるから、原告が前段認定の被告の不法行為によつて受けた精神的苦痛は極めて深酷なものと考えられる。

従つて、本件慰藉料は必然的に相当多額となるべきであるが、証人田島ハナ(第一回)佐藤政敏、大橋まさの各証言、被告本人尋問の結果と成立に争のない甲第一号証とを総合すると、原告家は海苔製造業を営み(このことは当事者間に争がない。)土地百三十坪と自宅を所有し、家族は両親、原告及び弟二人(長男昭和十八年生、次男昭和二十九年生の五人暮しで、生活は中流程度であること並びに被告家は機械部品の製造業を営み、(このことは当事者間に争がない。)且つ自宅(住宅金融公庫の融資で建てたもの。)及び工場を所有し、家族は被告夫婦に小学校五年と三年の女児、小学校一年及び一才の男児があり、同居人として被告の妻の弟及び使用人一名をおき、少くとも六、七万円の月収をあげていることが認められるから、当裁判所はこれらの事実と本件諸般の事情とを、斟酌して被告は五十万円をもつて原告の前記精神上の苦痛を慰藉すべきものと認定する。

(二)  物質的損害の額について

証人田島ハナ(第一、第二回)及び宮内砂光の各証言と証人五味文郎の証言により真正に成立したことが認められる甲第四号証及び前示検甲第一ないし第三号証とを総合すると、原告は本件強姦によつて受けた傷害の治療費として当時千四百五十円を支出した外、事件当夜着用していたワンピース(価格千円)、シユミーズ(価格四百円)、パンテイ(価格百円)が右傷害による出血のため汚損し使用できない状態になつてしまつたことが認められ、これが反証はないから原告は被告の不法行為により二千九百四十円の物質的損害を被つたものというべきである。

以上の次第であるから被告に対して右慰藉料及び損害金合計五十万二千九百四十円とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三十二年九月五日からその支払の済むまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 山本卓 松本武)

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